【経口補水液】
地域の中核病院における災害時の対策-ORSの活用
焼津市立総合病院
焼津市病院事業管理者
太田信隆
取材当時は焼津市立総合病院 病院長
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1978 年北海道大学医学部卒業後、浜松医科大学医学部附属病院、社会保険浜松病院、焼津市立総合病院、東京大学医学部附属病院などを経て、2004 年より現職。専門は泌尿器科学。
今回は、太田病院長に「経口補水液( ORS = OralRehydration Solution )」の災害時の脱水対策ツールとしての可能性についてうかがった。
災害時の医療機関の役割とは
—— 地域の中核病院として、災害対策に力を入れるようになったきっかけは?
焼津市は、東海地震の震源域に位置し、昔から災害に対する意識がたいへん高い地域です。直下型地震による被害は以前から想定しており、そのためのさまざまな対策に県・市・町を挙げて取り組んできましたが、津波や放射能による被害については想定していませんでした。ところが、2011 年3 月11 日に発生した東日本大震災によって、これまでの想定を根底から考え直さざるを得なくなりました。東北に起きたことは、焼津にも起こり得ることなのです。
この地域には、津波などの災害時に拠点となるべき高層の建物が少ないので、拠点病院であり救護病院である当病院にも、市民が避難してくることを想定に入れなければなりません。ところが、これまではその観点に対する備えは脆弱だったといえます。そこで、現在、使えそうな手段は何でも準備して、備えを増強していこうとしているのです。これまでも、医薬品のほか、病院内にいると想定される人数の3 日分の水や食料は確保しています。しかし、多くの人が避難してきたらとても足りませんし、3 日で物資が供給されるようになるという想定も確実ではありません。
—— 津波を想定すると、さまざまなことが変わってくるのですね?
そうなのです。これまで病院の備蓄は、医薬品も水も食料もすべて別棟の防災倉庫に保管していました。物資の供給・輸送ルート上、1 カ所に集めたほうが効率的に搬送できると考えられていたからです。しかし、津波によって被災したら、建物の1 階は水没し、2 階の床も水で濡れるということが起こり得ます。1 階の倉庫に一括して備蓄していれば、すべてが流されてしまう恐れがあります。また、ほかの棟との行き来ができなくなる事態が起こるかもしれませんし、そこに取りに行く人手が足りないかもしれません。
そこで、水や食料などの備蓄は、病棟の上階フロアに分散配置するようにしました。病棟ごとにすぐに使えることを第一に考え、鍵のかかる倉庫などではなく、各フロアの空きスペースに置くようにしました( 写真1 参照)。いざというときには、病院の調理室も使えないかもしれませんから、病棟ごとにさまざまなことを工夫する必要が出てくるはずです。
建物自体は新耐震基準を満たしていますが、水害、交通網の遮断や周辺の道路の液状化などは起こる可能性があります。まず2 日間は、ガス、水道、電気が使えず、応援や物資が来ない状況で、院内にいる人間だけでしのぐ必要があるでしょう。
写真1 会議室の隅に配置された災害備蓄
飲料水5ケースと長期保存可能バランス栄養食1ケースが置かれている。
—— 自動販売機を災害時のツールとして活用されるとうかがいました。
自動販売機は非常に有効なツールだと思います。そもそも一定期間保存できるものが入っていますし、停電の直前まではきちんと温度の管理がされています。管理会社によって、在庫管理もされ、補充が行われます。しかも、災害時を想定した「緊急時開放備蓄型自動販売機( ライフラインベンダー)」というものがあるのです( 図1 参照)。これは、平常時には、普通の自動販売機として機能し、災害時に停電が起こった場合には、手動で中の商品を取り出すことが可能になるというものです。このタイプの自動販売機を全病棟に11 台配置しました。11 台で、院内の備蓄に、およそ4,000 ~ 5,000 本の飲料が加わったと考えられます( 写真2 参照)。
—— 自動販売機にはどんな飲料が入っているのですか?
お茶やコーヒー、イオン飲料などのほかに、ORSを入れているのが特徴です。備蓄の量を増やす方法を考えているところに、東日本大震災でライフラインが途絶えている中、ライフラインベンダーが機能を発揮した例があったと聞いて、導入を決めました。
しかも、災害時には自動販売機に入っている飲料は救援物資として、無償で提供されることになっています。これは画期的なことです。災害が社会全体の問題であるという認識が進み、企業も社会貢献のやり方をいろいろ考えるようになってきたのですね。病院の危機意識と企業の社会貢献の意識がちょうど重なって、実現できた企画です。
ORS をどう活用するのか
—— 災害時にORS は活用できますか?
災害時には、輸液によって水分・電解質補給を行おうとしても、困難な状況が多々あると思います。それが経口でできれば、これに越したことはありません。水害が起これば、感染症の発症は当然予想され、下痢や嘔吐、発熱などが起こりやすいと考えられます。夏なら脱水から熱中症を起こす人も多いでしょう。経口摂取が可能な人に対して、ORS で水分・電解質補給をすることはとても重要ではないでしょうか。それで脱水にならず、症状が軽快すれば医療資源を効率的に活用できます。実際、東日本大震災のときに、ノロウイルス感染症などが流行し、ORSを使った「経口補水療法( ORT=Oral RehydrationTherapy)」が有効であったとの報告があります。
ただし、ORS は特別用途食品( 個別評価型病者用食品)ですから、自動販売機には注意書きを掲示するようにしました( 図2 参照)。こういう自動販売機を病院だけでなく、公共の施設や避難所にも置けるようになるといいですね。
ORSに含まれるナトリウム、カリウム量を分かりやすく比較表示し、購入者へ注意を促す。
—— 災害時以外でのORS は?
ORS は、日ごろの診療にも役立っています。特に脱水気味の高齢者や小児の場合に、自宅で使えるようにとの推奨をしてきました。軽症から中等症の脱水なら、点滴する必要はなく、入院しなくて済むこともあります。家族も、患者が自分自身で飲用できて使いやすいと思います。救急でも活用しています。下痢で脱水を起こした人などが大勢来るのですが、病院で点滴をしても家に帰ってしばらくすれば、また脱水を起こすことがあります。家で継続して水分補給をする必要があるというときに、ORS が力を発揮するのです。
ORS やほかの飲み物を入れた自動販売機を院内に設置したのは、患者サービスの一環という側面もあります。ここは公立の病院なので、当初は自動販売機を置くことが受け入れられなかったのです。しかし、入院期間が短縮され、経営効率が重視される時代になり、患者サービスと災害対策の両者を兼ねるということで、受け入れられるようになりました。
—— 災害時の対策はほかにも?
例えば患者のデータが入っているサーバーは、病院の1 階にあるのが普通ですが、それでは水害が起きたときにダウンしてしまいます。そこで、備蓄品の分散配置と同じ考え方で、患者データも各病棟に分散配置するようにしました。また遠隔地にもサーバーを置き、万一の事態に備えています。災害時には部署ごとに動くことになるので、その業務リストを作り、手順を徹底するようにしています。
もし災害が起きたとき、15 万人の市民のうち数万人が負傷したとしたら、けが人や病人全員をこの病院で診ることは不可能です。重症者は病院で応急処置をして、ほかの地域の医療機関に送り出す、中等症の人は病院で対応する、軽傷者は各自で、ということにしていかないと、立ち行かなくなります。基本的に市民は自分の身は自分で守ることが原則になり、それを理解してもらわなければなりません。
病院内だけでなく、地域全体で取り組んでいくことが必要ですし、被災していない地域との連携も必要です。他県の病院と災害時の相互協定を結ぼうという働きかけもしています。考えられることはすべてやっておかなければなりません。